5年目の定期検診を再発なしでクリア。観察期間終了で、消化器外科を卒業しました!

プロフィールとサイト概要

その他

はじめまして。
Nishinoma(にしのま)と申します。

本サイトでは、私が実際に経験した大腸がんの体験談を、思いつく限りまとめています。

私のスペックとしては、飲酒喫煙をしない40代男性。
2021年現在は、自宅でフリーランスのデザイナーをしています。

持病や先天性疾患などは無く、花粉症や生の甲殻類で痒くなるくらいで、
至って健康に病院とは無縁に生きてきました。

そんな私が、突然下血を繰り返すようになり、
2017年8月に大腸がん(直腸がん ステージ3a)の診断を受け、
入院・手術をし、同9月から抗がん剤治療「ゼロックス療法(xerox)」を半年間受けました。
8クールの投薬を2018年2月に一通り終えて、経過観察の身です。

当サイト掲載情報の対象は、

  • 「大腸がんかもしれない」という症状があって、症状を検索されている方
  • がん宣告を受け、これから闘病される方
  • 身近な方が闘病するに際し、情報を得たいと思っている方

を想定しています。

医師ではないので専門的な知識には乏しいし、治してあげることもできませんが、実体験から得た様々な情報を網羅し、

  • 自身に生じている初期症状を検索される方には、検診に行くキッカケを。
  • これから闘病される方には、これから受ける治療が「知らなくて怖い」という部分を。

それぞれサポートできればと考えています。

本投稿では自己紹介がてら、私が大腸がんになった時の話と、なぜ当サイトを作ろうと思ったかについてまとめています。

■私の大腸がん(直腸がん ステージ3a)実体験

前述の通り、私は大腸がんに罹りました。

私は健康上、特に問題なく何十年も生きてきました。
学校は皆勤。入院はもちろん、骨折すらない。

目ぼしいものと言えば、高校の時にガラスを割った際に20針ぐらい縫ったのと、花粉症とかのアレルギーぐらいでしょうか。
そんな状態だったので、「一生大きな病気にならずに生きていけるんだろう」と思っていました。

そんな私ですが、ある日突然「がん患者」になってしまいました。

・最初は謎の腹痛から

腸に痛覚は無いので大腸がんに痛みは無いと言われます。

なので、初期症状はコレだというのは難しいですが、思い返せば2016年前半から、謎の腹痛があったことが思い出されます。
便意が生じた時の腹痛とは、明らかに違う痛みで、
へその下あたりが、チクチクと痛むものです。

この痛みは大抵、放っておけば治まりましたが、その痛みは月日が経つごとに増していき、夏頃には無視できないくらいの痛みとなりました。

痛んだ場所的には、がんのあった直腸のあたりなので、これが初期症状だと思っています。

・健康診断の検便で潜血

同2016年の秋、会社の健康診断がありました。

その中で2回採取した検便のうち、1回目の結果に潜血が陽性と出ました。

2回目は陰性で潜血は無かったようなので、1回目は腹を壊していて無理矢理採取したために出た血だろうと特に気に留めませんでした。

健康診断の問診で腹痛について相談しましたが、
痛みが酷ければ、検査を受けに行ってくださいと、
「健康診断が検査じゃろが!?」と憤慨しつつも、特に何もしませんでした。

・下血が始まる

2016年11月頃、初めて大量の下血を経験しました。
用を足して流そうとしたら、便器が真っ赤になっていてビックリしました。

過去に何度か尻が切れたことがありますが(慢性の痔ではないです)、
その時は切って怪我した時のように、ポタポタと滴る感じで、この時のように便器の水が真っ赤に染まるというのは無く、衝撃的でした。

しかし、出血は1日で治まったので、「盛大に切れたのかな…?」と。
皮膚がくっつけば治るだろうと放置していました。

そして、少し間をおいて翌年の2017年2月。
また下血しました。

従来よりインターバルが短かったことから、

「うわぁ…とうとう痔になってしまった…」

と落ち込みましたが、やはり一日で出血は治まり、一安心と思い過ごしていました。

・下血の頻度が高まってくる

その後は1ヶ月ほど平穏に過ごしましたが、3月、4月と出血する頻度が次第に上がっていき、5月頃には毎週トイレで下血を繰り返すようになりました。

この段になって、

「これはヤバイのでは?…」

と、明らかに放置していい症状ではないと感じました。

そこで、電車の窓に貼ってあった広告の大腸肛門科に、意を決して行くことにしました。

・「腸炎かもしれない」と言われた

病院に行き軽く診てもらったところ、

「腸炎かもしれない」

と言われました。

「ただ、これは詳しく調べたほうがいい。調べたい。」

と医師から言われ、大腸の内視鏡検査の予約をして帰りました。

腸炎であれば腹痛や血便が出ますが、薬や休養で治るだろうと安心していました。

・内視鏡検査で腫瘍が見つかる

内視鏡検査では、小さなポリープをついでに切除できるため、医師から

「リラックスしてください。ポリープがあれば、ついでに採っちゃいますね」

と、軽い感じで始まったのですが、途中から医師が「これは…」と重苦しい感じに。

終了後の診察で出されたプリントアウトした腸内の写真には、血まみれのブヨブヨした、明らかに悪い腫瘍と思うものが写っていました。

「このサイズでは、内視鏡では取れないので手術をするしかない。」
「がんなのかは、組織を採ったので後日伝える」

と、人生で経験したことのない手術への恐怖が膨らみました。

・「がん宣告」を受ける

検査した病院では手術ができないため、提携している大きな病院の先生が来る日に再診に行きました。

自己紹介を受けてすぐ、

「端的にいって”がん”です。」と言われました。

がん宣告って、親族を呼んで神妙な感じで行われると思っていたので、その時は、かえって拍子抜けしました。

その日は、紹介状をもらって帰りましたが、少し経って落ち着いてくると「死ぬかもしれない」という恐怖に襲われ、しばらくは生きた心地がしませんでした。

ちなみに、がんの悪性とか良性とかいう話がありますが、がん宣告した医師に

「良性とか悪性とかいうのは…?」と聞くと、「悪性の腫瘍をがんと言いますので…」とのことでした。がんに良いも悪いも無いようです。

その後、紹介状をもらった病院へ行き、病状や治療の話を聞き、入院することになりました。

しかし、この病院は大きい代わりに、多くの患者さんが集まるため、常に大混雑。

がんは進行性のため、なるべく早く治療をすべきですが、最短予約で1ヶ月半後の8月頭になりました。

・入院までの一ヶ月で一気に病状が進んだ

入院までの1カ月半、日に日に症状が悪化していきました。

毎日のようにトイレで出血するのはもちろん、便が非常に細くなりました。

また、腫瘍によって腸が塞がり始めたのか、便意があってトイレに行っても何も出ないことが頻発するように。

何も出ないまま便意の腹痛が際限なく強くなり、脂汗が流れ、視界が薄れ、気づけば便座に座ったまま意識を失っていたこともありました。

体力を失ってトイレから出て1時間ぐらい寝ていると、少しづつ通ってきた細い便が出て、苦しみから開放される。そんな日が続きました。

下剤で何とかならないものかと病院に行くと、「マグミット」という薬をもらいました。これを飲むと、便が詰まることがなくなりましたが、飲み忘れると閉塞症状が現れ、地獄の苦しみを味わう。

そんな感じで働きながら、入院までを過ごしました。

・入院手術で苦しみから開放

その後、2017年8月の頭に入院。
入院から2日後に手術となりました。

ビビっていた手術は、最初の麻酔が痛かったものの、全身麻酔であっという間に意識がなくなり、起こされた時には終わっていました。

術後は腹筋に力が入らず全く動けませんでしたが、2日ほどで回復し、歩き回れるようになりました。

下血がなくなり、普通の食事になっても詰まることなく、便の太さも普通に。

手術により、がんの苦しみから開放されました。

しかし、治療はこれで終わりではありませんでした。

・ステージ3aの診断で抗がん剤治療に

がんのステージは1〜4まであり、手術時に摘出した組織などを検査して決まります。

私の場合は、少ないながらもリンパへの転移が見られたため、ステージ3aとなりました。

がん細胞が血管やリンパに乗って体中に散ってしまっている状態です。そのため、放っておけば定着した場所で新しい腫瘍を生じかねません。

そこで、再発防止のために抗がん剤を実施することになりました。

・抗がん剤治療ゼロックス療法で半年

受けた抗がん剤治療は「ゼロックス療法」と言われるもので、点滴と錠剤を組み合わせたものです。

抗がん剤の点滴をスタートに、錠剤の抗がん剤を14日服薬、その後7日間の休薬する計21日(=3週間)を1クールとし、途切れなく8回繰り返す、合計168日かかる治療です。

再発防止のために使う抗がん剤は、毛が全て抜け落ちたりするほど副作用は強くはありませんが、それでも想像以上に体中の組織や神経を傷つける苦しいものでした。

1クール目は、大した副作用を感じませんでしたが、2クール目、3クール目と、次第に体中が痛くなり、手の痺れを生じ、具合が悪くなり…。

断続的な投薬で体内の薬物濃度が高まるのと併せ、ダメージが蓄積していくのです。
しかも、回復に重要な「細胞分裂」を阻害する薬のため、治療が進むほどに全身に不具合が生じてきます。

2018年2月に8クール目を終える頃には、全身の痛みや痺れ、頭が回らず、味も感じない。平衡感覚を失うなど、満身創痍となりました。

働きながらの抗がん剤治療は、とんでもなくツラかった。

手術前の下血と腸閉塞に苦しむ日々も大変でしたが、手術までの一時的なもので、抗がん剤の慢性的な苦しみのが圧倒的に苦しい思いをしました。

・会社をやめ、経過観察

抗がん剤終了をもって、しばし休んでから再就職しようと会社をやめましたが、辞めることで浮いてしまう仕事が生じたため、2018年5月よりフリーランスとして自宅で働くことに。

そして経過観察をして2020年の今。
3ヶ月ごとの定期検診では、血液検査や腫瘍マーカーの数値以上は特に無く、順調に推移しています。

転移があったっため、今後の再発の不安は無くなっていませんが、副作用で傷ついた体も治ってきて、今は大きな不便を感じることも少なくなりました。

この治療を通した体験を、当サイトではわかりやすく伝えたいと考えています。

■サイトを作るキッカケ

腹痛の始まりから経過観察に至る約2年、とてつもない不安を感じ、その不安を埋めるための情報をググりまくりました。

時折生じる妙な腹痛。
日に日に頻度を増す下血。
大腸がんについて。
入院・手術について。
抗がん剤治療について。
抗がん剤の副作用。
抗がん剤終了後の後遺症。

症状は?方法は?費用は?副作用は?

当時、毎日のように検索しても、不安を埋めてくれる情報は得られませんでした。

そして検索しまくると、いくつかのサイトでは「○○は、○月○日旅立ちました。」という訃報で終わっているサイトも出てきて、自分に投影した私は、さらに不安に襲われました。

そのため、治療を進めるうちに、

「治療の体験を網羅的にまとめて、不安を解消できるサイトを作ろう。」

と考え、入院した日から少しづつ日記をつけはじめ、病院でもらった資料などをファイルするようにしました。

当サイトは、私の病気の苦しみと治療の軌跡です。

私より病状が悪い方には役に立たないかもしれませんが、一つの症例・体験談としてご覧いただき、少しでも不安の払拭や治療生活の助けになれば幸いです。

記録の一部。はじめの頃は箇条書きだけど、当時の記憶が蘇ります。

■おわりに

ということで、現在は経過観察中で、2016年〜2018年まで受けた治療がメインとなります。

治療中から書くつもりでしたが、なかなか行動できず今に至ってしまいました…。

2016年というと数年前の話となりますが、担当医に聞いたところ、2020年3月時点でも私が受けた治療で廃れたものはなく、現在でも体験談として価値はあるそうです。

今だから語れる、2年経過したゼロックス療法の副作用による後遺症の状況や、副作用を乗り切るための工夫などもお伝えすることで、より役立つサイトに育てていきます。

知りたい情報などがございましたら、コメントやDMなどでお知らせください。
約束はできませんが、可能な限り対応します。

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